札幌地方裁判所 昭和41年(わ)604号 判決 1967年9月20日
被告人 曾我貢
主文
被告人を懲役一年六月に処する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、昭和三八年五月不動産の売買斡旋、管理および金融業を目的とする道都観光株式会社を設立してその代表取締役社長となり、主に宅地の造成、分譲等の仕事をしていたものであるが、農地を買い入れて整地、道路造成等の工事を施したうえ宅地として分譲することを企て、
第一、1 法定の除外事由がなくかつ農林大臣の許可を受けないで、昭和三九年四月二日ころ、札幌市新琴似町六九三番地宮崎チエ方において、同人所有の農地である同市栄町九一一番地所在の畑二町二反歩(約二・一八ヘクタール)を、買い受けたうえは宅地にする目的で、同人から代金一、七四九万円で買い受ける契約を結び、もつて許可なくして農地の所有権を移転するための法律行為をした、
2 法定の除外事由がなくかつ農林大臣の許可を受けないで、同年四月七日ころから同年六月末までの間に、情を知らない土木請負業山口武好をして、前記畑地の一部合計約五四アールの部分の地面を削り約二〇センチの火山灰盛土と約八センチの砂利を敷かせて道路造成工事をさせ、さらに暗渠、排水溝を敷設させるなどして排水工事をさせ、もつて右農地を農地以外のものに転用した、
第二、一、いずれも法定の除外事由がなくかつ北海道知事の許可を受けないで、
3 同年八月一四日ころ、同市北四二条東七丁目八〇八番地嶋啓方において、同人所有の農地である同市栄町九〇〇番地所在の畑二反一畝二五歩(約二三アール)を、買い受けたうえは宅地にする目的で、同人から代金一九六万五千円で買い受ける契約を結び、もつて許可なくして農地の所有権を移転するための法律行為をした、
4 同日ころ、同市東苗穂町四五七番地竹田博方において、同人所有の農地である同市栄町九〇一番地所在の畑七反(約六九アール)を、買い受けたうえは宅地にする目的で、同人から代金七〇〇万円で買い受ける契約を結び、もつて許可なくして農地の所有権を移転するための法律行為をした、
5 同月中旬ころ、同市篠路町大平二二三番地黒田繁雄方において、同人所有の農地である同市栄町九一〇番地所在の畑五反(約五〇アール)を、買い受けたうえは宅地にする目的で、同人から代金四五〇万円で買い受ける契約を結び、もつて許可なくして農地の所有権を移転するための法律行為をした、
6 同年九月一八日ころ、同市元町三三五番地岩波亜人方において、同人ほか六名共有の農地である同市栄町八九九番地所在の畑四反二畝(約四二アール)を、買い受けたうえは宅地にする目的で、同人から代金四〇〇万円で買い受ける契約を結び、もつて許可なくして農地の所有権を移転するための法律行為をした、
二、7 法定の除外事由がなくかつ北海道知事の許可を受けないで、同年八月二五日ころから九月末ころまでの間に、情を知らない前記山口武好をして、右3ないし6記載の土地合計一町八反三畝二五歩(約一・八四ヘクタール)の各一部合計約五五アールの部分の地面を削り前記2同様の火山灰盛土および砂利を敷かせて道路造成工事をさせ、さらに暗渠、排水溝を敷設させるなどして、排水工事をさせ、もつて右農地を農地以外のものに転用した
ものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
被告人の判示1、3ないし6の各所為は農地法九二条、五条一項に該当し、判示2、7の各所為は同法九二条、四条一項に各該当する。右五条一項違反の罪(本件では、許可なく農地を農地以外のものにするためその所有権移転の法律行為をした所為)と同四条一項違反の罪(本件では、許可なく農地を農地以外のものにした所為)との罪数関係については、いくつかの考え方が可能であろうが、牽連犯と解するのが最も相当であると当裁判所は考える。そこで刑法五四条一項後段、一〇条により、判示1、2の罪については一罪として重い同2の罪に対する刑で処断し、また判示3ないし6と同7の罪についても結局全体を一罪として重い同7の罪に対する刑で処断することとし、いずれも所定刑中懲役刑を選択する。以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同四七条本文、一〇条により、重い判示2の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処する。なお、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文により全部被告人の負担とする。
(量刑の事情)
被告人は本件農地を宅地化して分譲するにあたり、おそくとも第一次宅地化工事のごく初期の段階までには、右農地が飛行場の隣接地であるため建築制限を受けていること、所定の転用許可を得られる見込みが薄いこと等を札幌防衛施設局、石狩支庁農水産課の関係者などから指摘され所定の許可があるまで工事の中止方を申し入れられていたのに、これを無視して宅地造成工事、分譲手続を強行したものである。ところが、その後、右農地については転用許可がなされないこととされたため、その頃にはすでに宅地造成工事の施されていた右農地を宅地として買い受けていた約七〇名位の者は、土地代金の支払いをしたのに所有権を移転してもらえない結果に終り、そのため粒粒辛苦の末ようやく実りかけた自宅建築の計画を一挙に狂わせられ途方にくれることとなつている。被告人の本件犯行が社会に及ぼした弊害はまことに重大、深刻であるといわなければならない。
もつとも、農地法九二条が、同法五条一項、あるいは四条一項の違反行為を処罰することとしている直接の趣旨は、いうまでもなくこれによつて必要な農地の無計画な転用をふせぎ、また土地の利用関係の総合的調整をはかる等の行政目的の達成にあり、無許可で転用された農地を宅地になると信じて買受けたものの個人的利益の保護を直接の目的としているのではない。したがつて、農地法九二条違反の所為に対する量刑にあたつても、右規定の趣旨をよく考慮に入れるべきことは当然である。
しかしながら、本件のごとく、被告人が農地を買い受ける当初から、これを宅地化して一般人に対し分譲する計画のもとに無許可で買い受け宅地化した場合には、その直接の結果として農地を宅地と信じて買い受け迷惑を蒙る被害者が生じることは当初から予測されているのであつて、それにも拘わらずこれを強行した被告人の所為の真の社会的意味を正しく評価するためには、その結果生じた社会的影響をも考慮せざるをえないし、また考慮に入れるのが当然でもある。
さらに、被告人は、これら被害者の損害の弁償について、事件後すでに三年余を経過している現在に至るも、何らの見るべき措置を講じていない。また、被告人は当公判廷において、これまで弁償の努力を続けて来た旨種々具体的に述べていたのであるが、その後の審理の経過に照らせば、右は全くその場をとりつくろうためだけの虚偽の供述にすぎなかつたことが露見するに至つている。
また、本件によつて被害を蒙つたのは、右のように土地を買い受けた者だけはない。転用許可がなされず売れ残りの土地が出た結果、農地を被告人に売り渡した売主に対しても被告人はその代金を完済することができず、その未払金額は極めて高額にのぼつている。さればといつて、本件土地を農地の原状に復して売主に返還することも、右土地がすでに宅地化されている現状に照らし不可能な状況となつている。
結局、本件によつて被告人は、関係者に多大の迷惑をかけ、また造成工事を施した宅地も荒廃するにまかせる外なくなつたのに反し、得られたものは何らなかつたのであるが、かかる結末を見たのも、被告人が当時の一時的土地ブームに乗じて、確かな見込みもなく、農地転用をあえて強行したことに発しているのである。
以上の諸事情を考慮すると、被告人の所為は農地法九二条違反のなかでも、かなり犯情の悪いものと言わざるをえない。
そこで、主文のとおり判決する。
(裁判官 秋山規雄)